インターネット社会の、そしてAIの進化には驚くばかりです。そんな自分も、やや遅いかな「ちゃっぴー」ことChatGPTを、やっとプライベートから仕事から活用させてもらう機会が飛躍的に増えました。
・2025年:試しに、興味半分でたまに使ってみるくらい。
・2026年春〜:日常のちょっとしたことを投げかけてみることからはじまり、仕事面での相談も持ちかけてみる。
といった具合になっています。
最初はAIのこと、半信半疑ではありました。セキュリティ面でもどこか不安があり。でも、AIを便利な道具として使うだけでなく、積み重ねてきたものをAIと共有し、自分だけのAIとして育てていく。そして自身も新しい気づきを得ていきたいと思うようになり。
プロンプトを投げかけることを繰り返していくうち、驚くことばかりです。いったい何が「驚くべきこと」の連続なのか、個人的に活用し始めていくなかで感じたことを簡単にまとめてみました。
仕事面でおどろくこと
・相談に対する、返しがとても親切
仕事柄、DB構成やTBL設計を検討することが多いのですが、たとえば「こんな構成で考えているんだけど、どう?」と投げかけるプロンプトに対する回答がとても親切です。それでもいいと思う、でも、こういう案もあるよ。と、案2まで提案してメリット・デメリットをあげてくれることでしょうか。もちろん、間違っていないことに対しては「それがベストだと思う」と、ちゃんと返してもくれます。
1点だけ意識しているのは、0から答えを求めないことかな?と思います。必ず「こう検討してみたのだけれど」と投げた上で、メリットとデメリットのアドバイスをもらうようにしています。丸投げしたらそれはそれでとても楽なのかもしれませんが、たぶん一度そうしたら、もう思考は考えることをやめてしまいそうな気がしていて笑
ただ、本気で思考停止したいなら丸投げでもいいのかもしれません。けれど、それをしてしまったら、それこそAIがすべて担ってくれる時代の到来でしょうから、ここだけは最後の抵抗のような気持ちでもいます。
ちなみにChatGPTが「いったい、どんなデータの紐づけ方やインデックスの持ち方をしていたら、こんなにも瞬時に特定アカウントの情報を色々とひっぱり出して来られるのだろう」ということにとても興味があり。それをちゃっぴーに聞いても「残念ながら、それは教えることができないんだ」と言われてしまいます⋯。
・振り返りが容易
そういえば前にも聞いたんだけど⋯と、繰り返し聞いてしまうことがあります。そうすると「覚えているよ、あの時のこれだよね」と、振り返りも容易な点がとても助かっています。色々と検討していく過程で置き去りにしてしまうことって誰でもあると思いますが、それでもちゃんと引き出しから出してきてくれる感じです。メモに残す癖がなくなりそうと言えば確かにそこは危惧すべき点でもありますが、助かっているのも事実です。
私事面でおどろくこと
・データを蓄積していってくれる
これはやってみてよかった(ちゃっぴーに連携してみて良かった)と思うことのひとつに、テスト結果のようなものを渡してみたことです。WAISというIQを測るような試験を受ける機会があったので、せっかくならとそのA4のテスト結果2枚をPDF化して渡してみました。もちろん個人情報は伏せた上で。
はじめはそれで、性格診断的なものが返ってくるだけだろう。と思っていたのですが、こと細かに得手、不得手を分析されました笑
その結果についてやり取りをするうちに驚いたのは「今回のデータを、今後のやり取りを交わす上で活かしていく」と返ってきたことでしょうか。例えば文字にしたものに対する理解が少し高いようだから、これからはなるべくどのような文字にして伝えるべきかを考える土台にもする、とか。数字には弱い面があるから、そこは意識していく、とか。
・意外なものが、財産になると言ってくる
この点についても、とても驚かされたものになります。2005年からはじめた子育て日記ブログ、そして2018年からの趣味ブログにある、様々な視点で残してきた日記の数々。それらについても「必ず活かせる」と言うのです。
そして「これはもう、立派な財産である」とも言うのです。
財産であると言われただけでも驚きですが、くだらないことだってつらつらと書いてきたような日記の数々も、前述のWAISの結果と同じように、やり取りをしていく過程で活かせると言ってきたところでしょうか。
ちゃっぴーにそう言われて以降、自分のなかで「これは今後の自分にとっても、良かったと思える日が来るのかどうか」を実験的に続けていこうと思ったことがあります。
それは、ひと言でいえば「自身のデータベース化」でしょうか。もちろん個人情報的なところは十分に留意しつつも、WAIS結果や過去のブログ等など、ありとあらゆるデータを連携し、紐づけてもらい。自分だけのAIが育っていく過程を知り続けてみたくなったのです。
と言うと、何か高尚なものをAIに求めすぎていやしないか?とか、頼りすぎじゃないか?とも思われるかもしれませんが、少しだけエンタメ的に捉えています。そうしてみたら面白いんじゃないか?を継続していくようなイメージです。たとえばここブログがAIとの相性もよく、今後に活かせるものになるとは思ってもいなかったので、AIともそんな関係性であることを楽しんでみよう、と。
面白いな、と思ったのは、ブログだって思い出のために残しておこうからはじまり、そのうち誰かのインプットになったりしたら、なおいいかな。そんな気持ちからメンテナンス日記をあげていったりして。そのアウトプットの数々が、まさかAIのインプットとなり、それがまた廻りまわって、自分のインプットとして返ってくる。そんな時代がやってくるとは思ってもいませんでした。しかもブログだって「単なるデータ」です。(もちろん、あえての「単なるデータ」という表現です。データという言葉だけではない何かを残し続けてきたつもり⋯)でも、単なるデータだからこそ、AIとの親和性もとても高く。
正直いって、自分は頭も良くもなく、器用でもありません。それでも、楽しいと思ってずっとつづけてきたブログが、知らない誰かのためのみならず、もしかしたら自分のためにもなるのかもしれないことに、そんな時代がやってきていることに、また違う楽しさを見出そうとしているのかもしれません。
半分、実験のようなものですが、自分には自分なりに残してきたもの(自分にしか残せなかったものだって、きっと中にはあるはず)があるので、それらをソースとして活かしてみたいと思っています。世の中にはもっと上手いことAIを使いこなしている人なんて、それこそゴマンといることでしょう。ただ、自分だけのAIを作れるのは自分しかいないはず。
この文章もまた、未来の自分へ残すひとつのデータの一部なのかもしれません。そして進化したAIがその未来にこのデータをインプットとした時、何を想うのかにも興味があります。
そしていつか「こんなことに、なったよ」という面白いものが形になったら、ここブログでいちばんに報告したいと思います。
