週末、甥っ子を乗せてお墓参りプチツーに行ってきました。(本当に、プチ笑)
何度かいっしょにご飯をしてきた中で、どうしても忘れられない言葉があって。
何が楽しいのか、よく分からない
そのひと言を聞いたあと、誘ってみました。
例えばバイクで南房総のほうにタンデムツーリング行ってみるとか、どう?
じゃあ、夜のお店(如何わしくない、お店です笑)とか一緒に、どう?
でも返ってくるのは、どれもそういうのは向いてないからチョット…でした。
よし、それなら近場だけでもバイクの後ろ乗ってよ。それでお墓参り行こうよって誘ってみました。(祖父母のお墓はわりと近くて。どちらの家からもバイクで15分ほどです。)
それくらいならOK。そんな感じでした。
でも、その後に甥っ子が聞いてきたんです。
「どうしてそこまで誘ってくれるんですか?」って。
そんなの決まってるじゃん。
何が楽しいのか分からなくて、詰まらなくて。
それなら、自分が楽しいと思っていることを共有してみたら、きっと少しだけでも楽しいと思ってもらえるかもしれないから。そんな風に返事をしました。
で、この週末(2026.10.17)がその日でした。

一緒に供花とお線香を買い、墓前に手を合わせ。
いつもなら娘のことしか願わないのに、それに付け加えて「甥っ子が楽しくやっていけますように」とお願いしてみました。
お墓参りで何か良いことが起きる。なんていう事はあり得ないけれど、決して悪いようには、ならんだろう。ご先祖さんだって、きっと悪いことにはしないだろう。いつも、そんな風にも思っています。
はたして、生きていく上で核となるものは何なのか
そのあと甥っ子が好きな唐揚げを買って、晩ご飯食べて。(甥っ子、いっしょに食べに行くと必ず唐揚げを注文するから笑)
そして家まで送り届けるため帰宅前、サプライズPS5の出番です。

甥っ子をバイクの後ろに乗せたのが初めてのことなら、ゲーム機を抱えた人をバイクの後ろに乗せたのも人生初でした。これはこれで貴重な体験です笑
ある日、突然プレステが手に入ったからといって
なんだ、やっぱり楽しいじゃないか。なんてことにならないのは知っています。
それでもこの行為自体に何を勝手に詰めているかって、絶対的な安心感のようなものです。
モノを貰ったり贈ったりでは、決して人は幸せにはなれない。むしろモノなんて、たいして大切なことではない。全然大切なことじゃない。
モノを貰ったからって「なんだ、やっぱり愉しいじゃん」なんて、がらっと目の前の景色が一瞬で変わるなんていうことも、ない。
それでも今回の出来事をきっかけに「なんだ、たまにはイイこともあるじゃん」って思えてもらえたなら、それでいいのです。
人生なんて「なんだ、たまにはイイことあるじゃん」そんなことの連続なのだから。
