2018/02/15
7月15日、苫小牧フェリーターミナル到着後すぐに走り始めました。
この日の目的地は既に決めていた、えりも岬経由からの百人浜オートキャンプ場泊。13時過ぎに苫小牧着だと、ちょっと頑張ったなら、きっとえりも岬まで行けるハズ。という軽い気持ちで走り出します。
以前にも挙げた画像になりますが、上記オレンジ線が初日の目標。フェリーターミナルを出て最初に出てくる国道259号を右折したら、後は標識に従い日高方面を向かえばよいので、比較的分かりやすい道のりです。
大ざっぱな地図ですが、苫小牧フェリーターミナルに着いたら、まず向き合うのが国道259号。それを右折してしばらく進むと、日高自動車道と国道235号の案内板が出てきます。
国道235号を右折(実際は右折ではなく、左車線に移ってからのインターチェンジで合流)したら、後はひたすら真っすぐ進んでいくことで、むかわ町から日高、新日高に向かうことができます。
しばらく走り続けると生産牧場が見えてきたりと、次第にのどかな風景になっていくこの国道が好き。
次回は、ファーム巡りもしてみようと思った新日高
サラブレッド好きなこともあり、今回は日高周辺に点在している競馬世界では有名ないくつかの生産牧場の看板も目に留まりました。(初めての北海道ツーリングでは余裕がなかったからだろうか?同じ道を走っていても、ここまで色々な生産牧場の看板に気づくことはありませんでした。)
社台ファームやコスモヴューファーム、パカパカファームの看板を目にする度「あ!寄ってみたいなぁ。」と思いつつも走り過ぎていき。
ただ、唯一引き返したのは写真にある「日高社台ファーム」です。
この看板を見つけた後、数百メートル先にあったセイコーマートに停車して調べてみると「見学自由・事前予約不要」とあったので引き返してみました。正門と思われる場所には「門前まで進むと、門は自動で開きます」との看板があったのですが、何度試してみても開いてくれません。(バイクだったから反応せず?)
どうしても寄りたい、というワケではなかったので今回はそこで諦め、次回また寄ってみようと思います。(こうやって、また北海道に行く宿題(口実)を無意識に残し続けているのかもしれない・・・(笑))
えりも岬の手前、えりも町を通り過ぎたのは17時過ぎで欲を出す
その後も延々と走り続け、えりも岬の一歩手前、えりも町に入ったのは17時過ぎだったと思います。
到着初日だったことや、それほど天候もよくなかったことを思い、それよりも手前のキャンプ場で1泊してもいいかなと思ったのですが。ついつい欲が出てしまい「なるべく距離を稼いでおこう」と思ったのが、よくなかった。
えりも町もそのまま通り過ぎ、暗くなりはじめる前に向かったえりも岬。案の定というか何というか、途中から濃霧で数メートル先ですら見えない状態に。こんな状態では、えりも岬に行ったとしても何も見えないだろう、と言うよりも、この濃霧のなか岬まで目指す気力が湧かない。ということで急きょ、えりも岬も通り過ぎた少し先にある「百人浜オートキャンプ場」を目指したのです。
写真は、えりも岬あきらめ、そのまま百人浜オートキャンプ場に向かった先にあった駐車スペースで撮った写真です。
ここから内陸側へさらに進んでいくと百人浜オートキャンプ場があるはずなのですが、夕飯の食材を何も買ってきていないため(百人浜オートキャンプ場周辺にスーパーやコンビニ無し)、キャンプ場に着いてからまた数キロ霧の中を走って買い出しに行き、再度ここに戻って来ようという気力すら湧かず。
じゃあ、なんで向かったんだという話ですが。えりも岬を諦めてから百人浜オートキャンプ場まで、何かしらの売店はあるだろうと淡い期待を抱いていたけれど、いっさい無かったんです・・・。
ここで「えりも町まで戻り、素泊まりさせてもらえる宿を探そう。」という結論に至る。
このあと、百人浜オートキャンプ場前から、えりも町まで戻る道中に鹿が飛び出してきて「あわや」という瞬間も。道路脇から出てきた鹿の一完歩め、アスファルトに着地した際の前脚の「ゴっ!」という音、さらに「カッ!」という踏み出し音までもはっきりと聴こえる位の距離でした。たぶん3mくらいの距離だったと思います。この時の「ゴっ!カッ!」という音、たぶん忘れません(笑
この出来事で鹿のひづめの生音を聴くことができましたが、同時に自分の心がポッキリと折れる音も聴くことができました。
「もう、はやく今日はお宿に泊まって暖かいお風呂に入りたい・・・」
心の中で、そんな風につぶやきはじめていた初日。
後から思えば、濃霧のなか数メートル先も見えない道路で鹿と激突、転倒して道路上に横たわってしまっていたとしたら。そして、もしもそこに後続の車がやってきたとしたら。冗談では済まないことになっていたような気もするので、やはり無理は禁物だと思います。ソロツーリングを楽しむのであれば無理せず、のんびり行きましょう。
と、改めて自分に言い聞かせた出来事でした。
何もせんでもえぇねん、無理して進まなくてもえぇねん。留まりたくなってもえぇねん。ちょっと休めばえぇねん。それでえぇねん。
ウルフルズでは、この歌がイチバン好きです。(ちょっと歌詞変えてますけど。)
えりも町まで戻り、田中旅館さんに素泊まりさせて頂く
確か19時前でしょうか。くたくたになってえりも町に戻り、目に留まった「田中旅館」さんにて素泊まりできるかどうか尋ねたところ、ちょうど空きのあった1室を用意して頂くことが出来ました。
この写真を見る限りは霧も何もないのですが、これ翌朝の写真です。翌朝はウソのように霧が晴れていた。(※えりも岬までの道のりは、相変わらずめっちゃ霧がかっていましたが。)
翌朝、宿のご主人さんに聞くと「えりもは夏は寒く、冬は暖かい。だから夏のこの時期は、いつもこんな(霧が濃い)天候が多い」というような話を教えてもらいました。夏にえりも岬に行って快晴なのはホントに幸運なことなんじゃないかと思います。翌日、意気揚々と目指して行ったえりも岬の風景に愕然としたことは、また後ほど。
ちなみにこの日(7月15日)の夜中、2時過ぎだったでしょうか。
くたくたになって熟睡していたけれど、突然、床を下から「どんっ!」と突き上げる大きな振動で目が覚めました。旅先で就寝中、地震で目覚めることになったのは多分、これが人生初だと思います。
そしてこれも不思議なもので、旅先であるがためか、急な揺れで「は!?」っと目が覚めた時は、自分がいま何処に居るのかを把握することにほんの少し時間が掛かりました。
「うわ、地震?」
「けっこう揺れが続く・・・。」
「というか、そもそもここ何処だっけ?」
というような感じです。
地震が収まってすぐ、サイレン音のあとに町内放送で地震に関する情報が流れてくる。
えりも町自体が海岸に面している町で、今回泊まらせて頂いた「田中旅館」さんだって、旅館の脇道を入ると眼下にはすぐ目の前に海が見えるほどの距離。
海のすぐ近くで生きていくということは、今回のような突然の地震に対しても何処かで心構えが出来ていないといけないんだろう。
地震が収まり2度ほど繰り返された町内放送も終わった後、しばらくしても真っ暗な部屋の布団のなかで心臓がバクバクしていた自分でした。
次回は「えりも岬から黄金道路をひたすら走る!」の話になります。続きは下のリンクカードから、どうぞ。